GlobalIndexからみた各国のグローバル化の進み具合
入社式での社長のスピーチから人文系の学術書にいたるまで、頻繁に使われる「グローバル化が深まる中で...」という枕詞ですが(ここ2ヵ月ほどはその地位を「震災」に譲っているようです)、たいていの場合は特にデータに基づかない印象論で語られていると思います。もちろん「グローバル化とはこれだ」という唯一の定義などはないわけですが、定義を明確にさえしていけば徐々に議論が有意義になっていくと思います。
GlobalIndex
グローバル化についてはいくつか尺度が提起されているようですが、ここでは比較的信頼できる研究者がつくりあげた"GlobalIndex"を紹介しておきます。GlobalIndex(グローバルインデックス)とは、ドイツの社会学者H-P.BlossfeldらBamberg大学のチームが中心となって提起しているグローバル化の指標です。作り方等についてはウェブサイトを見て欲しいのですが、簡単にいえば、以下のようなサブ指標に属する個々の指標を標準化したのち、PCAを使って算出したウェイト(主成分との相関)で加重平均した、ということのようです。
- 経済的グローバル化:
- 社会技術的相互関連性:
- 人的接触:国際通話時間、財・サービス・所得の流入・流出(GDP比)、観光人口(受け入れ・送り出し)、外国人人口
- 情報フロー:インターネットのホスト数、インターネットユーザ数、その他多数。
- 文化的グローバル化
- 政治的グローバル化
- 大使館の数、参加している国際組織数、国連安保ミッションへの参加数
算出されているのは基本的に変動相場制に移行したあと、1970年代半ばからです。個々の指標の計算方法についてはウェブサイトの定義と計算方法をご覧ください。一見して、微妙な構成部品もあります。特に文化的グローバル化の指標については、個々の構成指標とその根拠が雑多なため、少し取り扱いに注意が必要かもしれません。またPCAによる重み付けにどういった理論的意味があるのかは不明です。(経験的手続きとして恣意的ではありませんが、理論的には意味がよくわからない。)
参考までにGlobalIndexのランキングだと、日本は24位、韓国は34位になっています。トップから10位までは以下のとおり。
シンガポール、香港は当然として、スウェーデン、デンマーク、フィンランドといった社会民主主義国が高ランクになっているのがわかります。ついでアングロ・サクソン諸国と続きます。その下にキリスト教民主主義国、日本などが入っています。(エスピン=アンデルセンの類型はいろんなところでロバストに判別力があるような気がします。)また北欧諸国でグローバル化が最も進んでいることから、「グローバル化の影響を受けるとネオリベラル化する」といった考え方があるとすれば(よく聞くような気がしますが)、それには一定の留保が必要なことがわかります。少なくともスウェーデンのGlobalIndexは、1970年代から上位です。
下の図は、総合指標と4つのサブ指標について、主要5カ国の1970年から2002年までの推移を示したものです。
総合指標を見るとわかりますが、少なくともGlobalIndexという「客観」基準でみるかぎり70年代以降グローバル化は着実に進んでおり、1990年代の後半にその動きが加速していることがわかります。もっとも、指標の構成要素にインターネットが組み込まれているので、この動きは当然といえば当然です。(ウェイト計算を年次ごとにするという対案もあるかもしれませんが、そうするとまた比較がややこしくなるような気もする。難しい。)
日韓に目を向けてみると、日本の「文化」指標を除き、日韓の指標は基本的にグローバル化の進度において低位であることがわかります。経済指標では、日本が50位、韓国は55位と、中南米と並ぶ低さです。(参考までに中国は78位。)
ざっくりとした分析ですが、2002年時点での一人当たりGDP(世銀データ)と、GolobalIndexの経済グローバル化指標との相関をみてみましょう(一人当たりGDPは対数値、点線はOLS回帰直線)。
日本については以前から言われていたことですが、おとなりの韓国も、経済グローバル化指標が低い割に経済発展しているグループであることがわかります。(とはいえ、全体的にはEUの値に引っ張られているので、回帰直線は参考程度ですが。)
せっかくだから1980年以降の関連性についてMotion Chartでみてみましょう。(一人当たりGDPが低い国についての相対的な動きをみるためには、Y軸のスケールを対数に切り替えるといいかもしれません。)全体的に一人当たりGDPと経済的グローバル化は(少なくとも表面上は)連動しています。日本についてみると(下図)、1980年代と90年代とでは関連性が異なります。80年代ではグローバル化が進みつつ、また経済成長していましたが、90年代前半は経済成長が鈍化し、経済グローバル化にはストップがかかっています。90年代後半からの動きは複雑です。1999年までは経済成長は止まってグローバル化だけがすすみ、そのあとはグローバル化が退行しています。(2001年--NYC同時多発テロの年--からの経済グローバル化の退行はどの国でもみられる傾向です。)
若年層の就業とグローバル化
GlobalIndexについて詳細に説明した下の文献には、この指標をドイツとイギリスの若者の就業と失業に適用した分析(マイクロデータを利用したサバイバル分析)も掲載されています。
Marcel Raab, Michael Ruland, Benno Schoenberger, Hans-Peter Blossfeld, Dirk Hofaecker, Sandra Buchholz and Paul Schmelzer (2008), "GlobalIndex: A sociological approach to globalization measurement", in International Sociology 23,4, pp. 596-631.
結論から言うと、ドイツではグローバル化の深まりは若者の学卒後の就職を遅くするが、イギリスでは逆に早めていることがデータから読み取れます。著者らはこの効果の違いを「制度的フィルター(institutional filters)」という概念で説明しようとしています。つまりドイツのような(相対的に)解雇規制が強い国では、グローバル化はその圧力から中高年の雇用を守る方向に働くため、若年雇用が縮小する。それに対してイギリスでは、グローバル化は雇用の柔軟化を促し、むしろ若年層の雇用はグローバル化によって促進される、という説明です。こういった説明が妥当かどうかはともかくとして、少なくともデータとは矛盾していません。
失業については、ドイツでもイギリスでもグローバル化がその可能性を高めているが、その高め具合はイギリスにおいて強く現れています。つまり、解雇規制の強いドイツでは、グローバル化は若年層にとって「(相対的に)就職しにくいが、一度就職すれば失業しにくい」状態をもたらし、逆に経済の自由主義の度外が強いイギリスでは「就職しやすいが、失業の可能性も高い」状態をもたらす、ということになります。
理論的には予測できる結論であるとはいえ、なかなか刺激的な分析だと言えるでしょう。ただ、この分析には問題点も多い。まず肝心の推定がかなりあやしい。Piecewise exponential (constant) model(年齢のセグメントごとにベースラインハザードを設定できるモデル)を使っていますが、性別、地域、失業率で統制してあるだけなので、グローバル化指標の効果の中に他のもろもろの要因の影響が含まれている可能性が高いです。2001年に発生した各国共通のショックなども統制されていません。
できるならばもう少し国を増やして、グローバル化指標にラグを導入した離散時間ロジットモデル、しかも固定効果推定を行えば、もう少しもっともらしいグローバル化の効果を抽出できるのでは、と思います(とはいえかなり国の数を増やさないと検出できないかと思いますが..)。制度変数は時間的に変化しにくいので、制度変数とグローバル化指標の交互作用をモデル化することになるでしょう。それでもしょせんマクロ変数なのでバイアスは残るし、結果は「参考程度」のものにとどまるでしょうが、少なくとも現状の推定よりはましになるはず。
それと関連して、グローバル化との因果関係を考えるなら総合指標ではなく個々の項目ごとに見ていくほうがよい情報を得られると思います。「制度的フィルター」の存在を実証してみるという方向性には意義がないわけではないと思いますが、総合指標だと大雑把すぎて、どういう情報をそこから読み取って良いのかわかりません。そもそもPCAによるウェイト付けに、なにか意味のある根拠があるとは思えません。総合指標は時系列の推移などおおまかな動きを把握するために使うべきであって、何かの説明要因にするには適さないでしょう。
とまあいろいろ留保をつけてみましたが、「グローバル化の影響」という印象論が先走ってしまいがちな議論について客観的な指標をつくるという作業には大きな意義があると思います。また、どこか別の論文でより適切な活用がされているのかもしれませんので、これから少しレビューしてみようと思います。