社会学者の研究メモ

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『社会を知るためには』補論:社会学と「制度的補完性」

9月に、下記の本を出版しました。

社会を知るためには (ちくまプリマー新書)

社会を知るためには (ちくまプリマー新書)

  • 作者:筒井淳也
  • 発売日: 2020/09/09
  • メディア: 新書

かわいいイラストも書いていただき、とても読みやすく仕上がっていると思います(当社比)。ただ、初学者向けとはいえ、いろんな読み方ができる本だと思っています。

本書のキーワードは、「緩さ」です。緩さとはこの場合、いろんな仕組み(制度)のあいだの関係、個人(意図)と社会(構造)の間の関係、そして概念と概念の間の関係が緩い、ということです。この関係の緩さから、社会の変化を説明できる、というのが一つの趣旨になっています。さらに、この緩さを表現できる社会学の社会理論の例として、アンソニー・ギデンズの構造化理論をとりあげています。

(以下、面倒なので「である調」で書きます。)

とはいえ、「緩さ」を社会の考察に含みこむことのメリットというのは、なかなか理解されないかもしれない。そこで、政治経済学における理論との対比で「緩い」社会理論のあり方について、本を補完する意味で説明しておこう。

政治や経済その他の制度を含めた「社会全体」を視野に入れる理論体系の例としては、社会学者が主導して議論してきた「社会理論(social theory)」のほか、政治学あるいは政治経済学の分野で議論が蓄積されてきた枠組みがある。政治経済学における「全体」は、「制度的補完性(institutional complementarity)」という概念が鍵となることが多い。

制度的補完性では、たとえば自由主義的経済体制は、比較的短い周期での技術革新が必要な業態、活発な外部労働市場とそれに合わせた一般資格重視の教育制度、連立型ではない単独政党による政治体制といった制度との相性が良い、といった議論がなされる。

これに対して、社会理論にもいくつかのものがあるが、相対的な特徴として、補完性ではなく「噛み合わなさ」を強調するものが目立つように思われる。とはいえ、かつては「補完性」を強調する議論が目立っていた。有名なのがタルコット・パーソンズの近代産業体制と核家族の組み合わせで、産業化は労働力の移動を要請し、またさまざまな機能を外部化する。それに最適化されたのが性別分業を含みこんだ核家族だ、という議論である。

これに対して、特に1980年台以降は、社会理論においても変化を視野に入れたものが増えてきたように思える。ギデンズの構造化理論はそのうちの一つだが、行為と構造(制度の絡み合い)とのつながりを「意図せざる結果」という概念を介してとらえていることに特徴がある。この場合、ある制度(たとえば政治体制)と別の制度(たとえば労働市場の体制)は、たしかに補完的な特性を示す圧力のもとにあり、結果的に相性が良いものになる可能性があるが、制度が意図せざる結果として維持されている以上、この補完性は徹頭徹尾意図的に維持されるようなものではない。むしろ、何らかの影響でガチャガチャと変化し、結果的に「噛み合わない」ものになることがある。

この「噛み合わなさ」は、しばしば同一社会の中の集団の対立で説明されることもある。補完的な制度が織りなすセット(社会体制)は、特定の社会集団(資本家、所得上位層、先進国国民、男性、等々)に有利になっていることがあり、対立する集団が提起し、一部実装されている制度と矛盾するのだ、というわけである。社会学では、こういった説明は「紛争理論(conflict theory)」と呼ぶ。

コンフリクトが社会変化をもたらすことはよくある(社会主義革命など)。しかしそれだけだとうまく説明できない社会変化のほうが多い。たとえば「移民の女性化」である。

※移民の女性化については、パレーニャス(社会学ジェンダー論)の本が有名。

Servants of Globalization: Women, Migration and Domestic Work

Servants of Globalization: Women, Migration and Domestic Work

  • 発売日: 2001/04/01
  • メディア: ペーパーバック

経済成長期においては不足する労働力需要を満たすために国外からの男性の移民が生じるというのが従来理論だとすれば、移民の女性化の背景には、経済先進国における共働き夫婦の増加に伴う家庭内でのケア・サービス労働の担い手不足がある。このとき、移民の女性化は女性の労働力参加や共働き夫婦の増加の意図せざる結果(あるいは副次的結果)としてもたらされている(移民の女性化を促すために共働きが進んだわけではない)。また、たしかに移民の女性化は先進国の共働き夫婦のメリットになっているが、とはいえ対立する集団とのコンフリクトの結果生じたものではない。

「緩い社会理論」の視点からすれば、コンフリクトは変化の中でもたらされるのであって、それはコンフリクトが変化をもたらすことよりも一般的な現象ではないかと思う。

とりあえずここまで。

急ぎ補足しておくと、政治経済学で変化が考慮されていないというわけではもちろんない。政治経済学分野における「変化」の説明については、下記の本の62頁に言及がある。この本は政治経済学の制度的補完性について厚めの紹介をしている。(近藤先生、献本していただき感謝です。)