社会学者の研究メモ

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福祉レジームとジェンダー:文献情報

スウェーデン社会保障を研究されているid:dojinさんからSynodos Blogの拙稿にいただいたコメント中に「文献情報があれば」という要望があったので、改めてここで一部を紹介する。時系列的に並べておくので、参考になれば幸いである。

さしあたりの出発点はやはりG. Esping-Andersen (1990=2001)。福祉レジーム分類における脱商品化指標を提言。

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

J. S. O'Connor (1993) は、ジェンダーの観点からEsping-Andersenの「脱商品化」指標を修正すべきだという提言。同じく、A. S. Orloff (1993) は、「Esping-Andersen の(mainstreamの)福祉レジーム論はジェンダーを無視しており、他方でジェンダー派は比較研究を欠いている」という診断のもと、ジェンダー福祉レジームに関する研究アジェンダを提言。「脱商品化」指標への批判としては、「労働からの開放」が女性の自立を妨げる可能性の指摘と、実際問題として社会民主主義国家に置いては女性労働力が高く、女性がより「商品化」されている、という枠組み自体への批判がある。

以下の本とJ. S. O’Connnor (1996) は、Esping-Andersen の福祉レジーム論に対する初期の反応(批判) の代表的論集。

Gendering Welfare States (SAGE Modern Politics series)

Gendering Welfare States (SAGE Modern Politics series)

J. C. Gornick et al. (1997) は、出産休業期間や休業補償など、母親の就業支援の制度比較を行った上で指標を作成した論文。日本は含まれていないし、今となっては少々古いデータだが、基礎資料として利用できる(一部抜粋する)。

より新しい子育て・就業支援制度の実態については魚住明代 (2007); 高橋恵美子 (2007); 神尾真知子 (2007); 清水泰幸 (2007); 白波瀬佐和子 (2007) 等を参照した。また、出産・育児休暇等の制度に関しては白波瀬「育児支援に関する国際比較研究」も参考にした。

ここまでは主に制度論的研究。1990 年代後半から、ようやくマイクロデータに基づいた実証論文が多くなる。

M. N. Hansen (1997) は、なぜ一般的にジェンダー平等である北欧社会で性別職業分離の度合いが高いのかを検証。公的セクターの役割に焦点を当てて、マイクロパネルデータで実証。J. C. Gornick & J. A. Jacobs (1998) は国際マイクロデータで同じテーマについて検証。

M. L. Chang (2000) は、14ヶ国1960-1990年のセンサスデータを利用した性別分業の国際比較数性分析。H. Stier et al. (2001) は女性の就業中断について福祉レジーム論の観点から実証。T.v.d. Lippe & L.v.Dijk (2002) は、国際的な女性の雇用についてのレビュー論文。

H. Mandel & M. Semyonov (2005) は、国際マイクロデータを使って「母親にやさしい」政策が意図せざる結果として男女の職業的不平等を生み出していることを実証。同じくMandel & Semyonov (2006) は、国際マイクロデータを使って北欧諸国において、女性の労働力率が高いのにもかかわらず、性別職域分離や管理的地位への女性のアクセスの面で自由主義レジームより遅れていることを指摘。

M. Estevez-Abe (2006) は、VOC(Varieties of Capitalism)の立場から先進国の性別職業分離の原因について、データを使って解明したもの。雇用保護の強さと女性の私的セクターシェアとのあいだに負の相関があることなどを指摘 *1。J. Webb (2009) は、 同じくVOC を参照したジェンダーと職業についてのマクロデータ分析。

Orloff (2009)は、新しめのレビュー論文。

自分でマイクロデータを扱う手前、私が主に参照しているのは国際マイクロデータを使った実証研究だが、より包括的な視点については以下の本が充実しているので、ぜひとも参照されたい。

現代政治と女性政策 (双書ジェンダー分析)

現代政治と女性政策 (双書ジェンダー分析)

最後に、大御所がジェンダーや女性の就業を福祉レジーム論にとって中核的問題の一つとして考えていることが分かる本。

Incomplete Revolution: Adapting Welfare States to Women's New Roles

Incomplete Revolution: Adapting Welfare States to Women's New Roles

以上、関連文献としてはほんの一部であるが、議論の大まかな流れを掴むくらいの役には立つだろうと考える。

文献

Chang, M. L., 2000, “The Evolution of Sex Segregation Regimes,” The American Journal of Sociology, 105(6): 165-701.

Esping-Andersen, G., 1990, The Three Worlds of Welfare Capitalism, Cambridge: Polity Press.(= 2001, 岡沢憲芙・宮本太郎訳『福祉資本主義の三つの世界』ミネルヴァ書房. )

Estevez-Abe, M., 2006, “Gendering the Varieties of capitalism: A Study of Occupational Segregation by Sex in Advanced Industrial Societies,” World Politics, 59: 142-75.

Gornick, J. C. & J. A. Jacobs, 1998, “Gender, the Welfare State, and Public Employment: A Comparative Study of Seven Industrialized Countries,” American Sociological Review, 63(5): 68-10.

Gornick, J. C., M. K. Meyers, & K. E. Ross, 1997, “Supporting the Employment of Mothers: Policy Variation Across Fourteen Welfare States.,” Journal of European Social Policy, 7(1): 45 - 70.

Hansen, M. N., 1997, “The Scandinavian Welfare State Model: The Impact of the Public Sector on Segregation and Gender Equality,” Work Employment Society, 11(1): 83-99.

Lippe, T. v. d. & L. v. Dijk, 2002, “Comparative Research on Women’s Employment,” Annual Review of Sociology, 28: 22-41.

Mandel, H. & M. Semyonov, 2005, “Family Policies, Wage Structures, and Gender Gaps: Sources of Earnings Inequality in 20 Countries,” American Sociological Review, 70(6): 94-67.

−−, 2006, “A Welfare State Paradox: State Interventions and Women’s Employment Opportunities in 22 Countries,” The American Journal of Sociology, 111(6): 1910-49.

O’Connnor, J. S., 1996, “Understanding Women in Welfare States,” Current Sociology, 44(2): 1-12.

O’Connor, J. S., 1993, “Gender, Class and Citizenship in the Comparative Analysis of Welfare State Regimes: Theoretical and Methodological Issues,” The British Journal of Sociology, 44(3): 50-18.

Orloff, A. S., 1993, “Gender and the Social Rights of Citizenship: The Comparative Analysis of Gender Relations and Welfare States,” American Sociological Review, 58(3): pp. 303-328.

−−, 2009, “Gendering the Comparative Analysis of Welfare States: An Unfinished Agenda,” Sociological Theory, 27(3): 317-43.

清水泰幸, 2007, 「フランスにおける家族政策」『海外社会保障研究』161: 50-60.

白波瀬佐和子, 2007, 「アメリカの子育て支援:高い出生率と限定的な家族政策」『海外社会保障研究』160:99-110.

Stier, H., N. Lewin-Epstein, & M. Braun, 2001, “Welfare Regimes, Family-Supportive Policies, and Women’s Employment along the Life-Course,” The American Journal of Sociology, 106(6): 173-760.

高橋恵美子, 2007, 「スウェーデン子育て支援:ワークライフ・バランスと子どもの権利の実現」『海外社会保障研究』160: 73-86.

魚住明代, 2007, 「ドイツの新しい家族政策」『海外社会保障研究』160: 22-32.

Webb, J., 2009, “Gender and Occupation in Market Economies: Change and Restructuring Since the 1980s,” Social Politics: International Studies in Gender, State and Society, 16(1): 82 - 110.

神尾真知子, 2007, 「フランスの子育て支援:家族政策と選択の自由」『海外社会保障研究』160: 33-72.

*1:この文献については政治学者の卵さんに示唆をいただいた。