社会学者の研究メモ

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『社会を知るためには』補論:圧縮近代と「噛み合わなさ」

社会を知るためには (ちくまプリマー新書)

社会を知るためには (ちくまプリマー新書)

  • 作者:筒井淳也
  • 発売日: 2020/09/09
  • メディア: 新書

(前回の続きです。本は初学者向けですが、「補論」シリーズはそうではないかもしれないので、ご理解ください。)

社会の各部分の「噛み合わなさ」を考えるとき、私自身は以下のようなリストを思い描いている。(このリストは本では示していない。)

  • 政策・プログラム:意図的な目的に沿った介入。
  • 構造要因:経済(産業・職業・雇用)構造、人口構造、家族構成など。結果的にもたらされている状態。
  • 価値観・態度:人々が望ましいと考える状態。

社会学や近隣分野では、しばしばこれらの要素の絡み合いによって「社会を記述」する。たとえば(第一次)人口転換の先の出生力の低下についていえば、「経済成長の鈍化と産業構造の変化が女性の労働力参加をもたらし、出生力の低下圧力がかかったが、男女均等の価値観の浸透もあり、両立支援政策・プログラムの展開によって出生力が回復した国があった」というふうになる。

出生力や女性労働については、構造・政策・価値観がゆっくりと噛み合いながら進んできた北欧・西欧諸国に比べて、変化のスピードが早かった東アジアではその噛み合わなさ、ちぐはぐさが露呈する。社会学では「圧縮近代(compressed modernity)」という概念を使う。

(圧縮近代については、下記の本に論文がある。)

そもそも人間の生活でも同じで、環境の変化が早すぎれば、どう対応していいかわからず、望ましくない結果が生まれてしまうことがあるだろう。

日本では、1980年代以降も「男性稼ぎ手」型をモデルとした政策(税・社会保障体制)、それに最適化された内部労働市場型の働き方(雇用構造)、そして中小企業保護政策があり、これが外枠における経済変化(雇用の不安定化)に追いつかず男性雇用の不安定化を招き、さらに女性の本格的職場進出を遅らせることになった。これにより結果的に共働き体制への移行が進まず、世帯形成の遅れ(未婚化)の歯止めがかからなかった。性別分業を支える価値観(特に政治指導部)における変化も遅く、政策対応の遅れに結びついた。

日本以外の東アジア社会では、相対的に高い経済成長を背景に競争的な経済・雇用環境が浸透し、そこに(高学歴化した)女性も巻き込まれ、極端な両立困難を生み出し、かつ競争の指標として教育達成が用いられ、高い教育コストを生み出した。これが非常に低い出生力に結びついた。

...とまあ(かなり大雑把な例だが)こういうふうに社会を記述していく際に、「構造・政策・価値観」という要素を織り交ぜていくのである。

最近の社会学や社会政策分野において、「社会の変化のスピード」に注目が集まるようになってきたのは、変化の速さが社会の部分間の関係のズレを生み出しやすくなり、そのことがさまざまな矛盾を生じさせるということが意識されるようになったからだろう。

出生率の低下に代表される「意図せざる結果」は必ず生じるものだが、社会変化がゆっくりであれば、それに余裕を持って対応することがある程度は可能である。しかし変化が早ければ、社会は様々な矛盾を抱え込みながら突き進むしかないので、(政策立案者の利害関係や価値観を含めて)内部がこんがらがってしまい、それをときほぐすことは容易ではない。社会は意図せざる結果にまみれている。政策対応とは基本的に意図せざる結果に対する対応であり、変化の速さは対応の難しさに直結する。

とりえあずここまで。