社会学者の研究メモ

はてなダイアリーから移転しました。

Google Motion Chartで出生率の変化をみてみる

Google Spreadsheetでは、Motion Chartという機能が使えます。これがかなり楽しい。

試しにWorld Bank (World Development Index)のデータを使って、一時期話題になった出生率(TFR)と女性労働力参加率(FLR)の関係を「動くチャート」にしてみました。(Googleガジェットなので、はてなダイアリーにも直接埋め込みできるのかもしれないけど、なんだか面倒そうなので自分のサイトに置いています。)

Understanding the Relationship between TFR and FLR using Google Motion Chart

全部で4つチャートがあります。なんでこんなにたくさんあるかというと、1つは各国の動きをはっきりさせるために国を限定したチャートを作ったことです。もう1つは、データの制約から、スパンを長くとると国の数が減るからです。以下のチャートを作っています。

  1. データ(World Bank, WDI)から得られた国全部。中東、南米まで入っています。アフリカはデータがありませんでした。(FLRは生殖年齢限定にしたかったけど、WDIにはなかったので、とりあえず15歳以上で。)
  2. OECD加盟国。
  3. OECD加盟国から、動きの激しいトルコ、アイルランド、メキシコ、イスラエルを除いたもの。
  4. 1960年からデータが入手できた国のみ。OECDのなかの、さらに一部の国のみです。

余計なお世話ながら、適当に解説しておきます。豆知識ですが、出生率と女性の労働参加の関係についてはなかなかホットな論争がありました。まず最初に一部論客(猪口元大臣など)が、「女性が働く国では出生率が高い」という主張を、OECDの一部の国(13ヶ国)のデータからみてとれる相関に基づいて行ったわけです。

これに対して、赤川先生が「国の選択が恣意的だ。24ヶ国で相関を見ると傾向が変わる」というツッコミをいれて、ちょっとした話題になりました。

そういうわけもあって、TFRとFLRの関係には社会学者の熱い目が注がれているわけです。結論から言うと、両者の関係はマイナスですが、制度次第でこの関係も違ってくる、ということになります。

と、こういった背景知識を踏まえて、データを実際に目で見てみましょう。

■(1)のチャート(全部)

さしあたり、エスピン=アンデルセン福祉レジーム論と、それで分類しにくいものは地域でカテゴライズしています(急いで適当に分類してますので、気になる点をコメントいただければ修正します)。右上のCategoryにポインタをあわせると該当の○が点滅します。

○の大きさが、一人あたりGDP(PPP)です。

初期値(1980年)では、おおざっぱに言えば右下に横に広がったグループと、真ん中のグループ、左上のグループの3つのクラスターがあります。左上(出生率が高く、女性がほとんど働かない国)は、全部アラブの国です。真ん中は、ほとんどが南米の国。ひとつだけサイズがでっかい(一人あたりGDPが大きい)国がありますが、これはブルネイ産油国)ですね。

さて、下のスライダを右に動かして、時間を進めてみて下さい。TFRもFLRも、低い方(右下)に集束していくのが分かります。とはいえ、サウジとオマーンだけは出生率が下がるだけで、女性の社会進出は進みません。ここにトルコも仲間に加わります。やっぱり宗教による制約でしょうか。

南米の国(水色)をみてみましょう。とりあえずブラジル、ペルー、アルゼンチン、パナマ、コロンビアをみつけて○をクリックした後(あるいは右下のウィンドウから見つける)、スライダを右に動かして下さい。これらの国では、はっきりと女性が社会進出するにつれて出生率が下がってきたのが分かります。

■(2)のチャート(OECD

スライダーを動かしていくと上から真っ逆さまに落ちてくるのは、トルコとメキシコ。セレクトして軌跡をみてみると、メキシコはやや女性の労働力参加が上昇しますが、トルコはやや増加傾向だったFLFPも1989年をピークに下がり続けていることがわかります。

次に、(旧)社会主義国をみてみましょう。オレンジ色を追跡して下さい。資本主義への転換(1991)を機にまず女性労働力率が急に落ち込み、その後で出生率が下がる、という軌跡が確認できます。(統計データの取り方の影響もありそうですが。)

その他の国の動きはよく分からないので、次にさらに国を限定したチャートを見ます。

■(3)のチャート(OECD、トルコ、アイルランド、メキシコ、イスラエル除く)

「恣意的に国を除くな!」というツッコミが入りそうですが、まあまあ抑えて、ということで。国独自の効果(個別効果)もありますし、特に経年データで国別比較をするときは極端に動きのある国を除くと、逆に全体の傾向を浮かび上がらせることができます。

1980年時点ではいまいち傾向がはっきりしませんが、スライダを一番右に動かして2006年までもっていくと、保守主義の国(青色、たとえばドイツ)は、出生率が上がらず、女子労働力率も50%強でとどまります。イタリアはもっと低い。これに対して社会民主主義(黄)はTFRもFLRも高い位置をキープ、自由主義(緑)の国はFLRで北欧諸国に追いつき、カナダを除けば出生率も高い位置をキープします。

ごく簡単に分類すると...

2006年次点ではTFRとFLRは概ね正の関係になっていますから、ここだけみると、やっぱり「女性が社会に出て働いてる国の方が出生率が高い」と言いたくなりますよね。しかし恣意的にデータを除くのはやっぱり支持されない。この関係を元に女性の社会進出を訴えた猪口邦子元大臣なんて、一部から糾弾されましたからね。

とはいえ、繰り返しですが、こと出生率と女性労働力率に関しては、個々の国の動きを追うことで分かることも多いのです。次のチャート(4)をみるとはっきりしますので、そちらをみてください。ここでは簡単に制度の働きについて言及しておきます。

社会学者なら出生率と女性労働力率という行動レベルの動きが制度によって媒介されていると考えるのが自然な理屈の流れです。そして実際その通りです。これについては山口一男先生が固定効果モデルで推計した結果を報告していますので、計量分析がある程度分かる方はごらんになってください。簡単にいうと、TFRとFLRには一貫して負の関係があるが、この関係は両立支援制度によって緩和される(制度との交互作用がある)ため、支援制度が確立された国では女性の社会進出は出生率に影響しない、ということです。

ややこしい話から離れて、個別に見ていて面白いのは、オランダですね。オランダ病から見事立ち直る勢いで、ついでに出生率と(最初は最低レベルだった)女性労働力率の両方を回復させていったさまがきれいに見て取れます。

■(4)のチャート(OECDの一部、1960-1999)

最後にできるだけ長いスパンでみてみます(そのかわり国が限定される)。このチャートでは、○のサイズはデフォルトでは人口になっています。データはWDI以外にも、いろいろつなぎ合わせて作りました。

1960年時点では、TFRとFLRはきれいな負の関係にありますね。時間を進めていくと、この負の関係が徐々に消えていくわけです。

福祉レジームごとにみてみましょう。自由主義(黄緑)の国ですが、マークした後に軌跡をみると、右下に動いたあと(TFRとFLRの負の関係)、1970年代からは出生率を少しだけ回復させてきているのが分かります。

保守主義(青)ですが、国によってちょっとうごきにばらつきがあります。ドイツ、イタリア、日本だけみると、TFRとFLRの関係は負のままで、基本的に右下方向の移動のみにとどまっています。フランス、ベルギー、オランダは自由主義国家に近いうごきですね。特にフランスとイギリスなんて、ほぼ同じ軌跡を描いています。

社会民主主義国家(オレンジ)では、1980年代後半までは負の関係、しかしそれ以降はFLRを高いレベルで維持したまま、出生率を回復させています。


※※※


とりあえず以上です。データ加工やカテゴライズのミスなどあるかもしれませんが、おおざっぱな傾向を把握する助けにはなります。特に、出生率と女性労働力率の関係は同時点のデータをみるより、個々の国の動きを見た方が得るところはあると思いますので、モーション・チャートの利点が生かせるかと思います。