社会学者の研究メモ

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『アニマルスピリット』

家の近くのオリオン書房に平積みされていたので、買ってとりあえず読んだ。

アニマルスピリット

アニマルスピリット

訳文は読みやすかった。おかげで1日で読めた。

これまでの経済学が見落としてきた5つの「アニマルスピリット」、つまり安心(confidence)、公平(fairness)、腐敗と背信、貨幣錯覚、物語を考慮することで、経済現象がよりよく説明できる、という主張。バックにあるのは、行動経済学社会心理学社会学の仕事も参照されている。ブラウの交換理論が「公平さ」の説明の際に登場する。また、黒人の「物語」の説明として、エスノグラフィーの名作、『タリーズコーナー』が参照されている。

タリーズコーナー―黒人下層階級のエスノグラフィー

タリーズコーナー―黒人下層階級のエスノグラフィー

個人的に興味があったのは「公平さ」の部分。私流に簡単に言い直すと、たとえば、状況1(私が資産20、他の者が資産100)と状況2(私が資産10、他の者が資産20)だと、社会選択として「私」が状況2を選ぶ可能性はある。経済学的にはこれは非合理的である。しかしたとえば賃金の決定は公平性の原理で動いている部分が大きく、最適な水準まで下がらないことが多い。これが失業を発生させる一因になったりする。

人間が幸福の判断基準として絶対的基準ではなく相対的基準を採用するという話は、社会学では「相対的剥奪」論などで周知のとおりだが、現在のところ経済学者が参照するのは実験結果を基にした行動経済学社会心理学の知見である。これは、社会学の多くの知見が経済学のオーソドックスな理論にどのように影響できるのか、という問題関心がこれまで希薄だったからではないだろうか。社会政策の正統には常に経済学のバリエーションがあったのだから、もし影響力を発揮しようとすれば、橋渡しの作業はこれからも必要になるだろう。理論のよって立つ(存在論的)基盤としては経済学はナイーブな部分もあるので、他分野が示唆するところはなくならないだろう。

公平性の感覚が人々の幸福感に影響するということは、社会選択にとっては非常に大きな意味を持つ。阪大の吉川先生も(別の用語を使って)書かれているが、それは所得再分配による格差の解決を難しくする根本原因となる。現時点での所得格差が、スタートラインの格差と努力格差の2つに帰属されるとしよう。この2つは簡単に判別することができないので、勝ち組は所得格差を努力の問題に、負け組はスタートライン格差に帰属させようとする。前者は社会が公平だと感じており、後者は不公平だと感じている。だから勝ち組は社会は機会平等だと思う度合いに応じて、所得再分配を不公平だと見なす。経済学は全体の結果の大きさを問題にするので、確かにこういった不満のメカニズムについては感受性が小さかったのだろう。『アニマルスピリット』を読むと、その見方が正しいことがわかる。

学歴分断社会 (ちくま新書)

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