社会学者の研究メモ

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(続)『アジアの家族とジェンダー』

今回は第II部の「中国・台湾」のサマリ。

第4章 中国の育児

  • 1949年の社会主義革命以前は、都市部においては専業主婦が支配的だった。が、革命後は共働きが一般化。
  • 1978年の改革開放以降、女性労働力率が減少に転じた。裕福な層で専業主婦が増える兆しがある。
  • (少なくとも都市部の住民は)極めて平等なジェンダー観を持っている。実際、中国の男性は家事・育児参加率が高い。
  • 世帯のかたちは核家族が一般的だが、実際には修正拡大家族(親との近居)が多い。これは以前の戸籍制度のもとで都市部への移住が制限されたからである。このような意味では子育てに関する親族ネットワークが保持されている。
  • 日本の「三歳児神話」とは対照的な「小学生神話」とも呼べる考え方があり、乳幼児期には子どもを長く預けることに対する抵抗感がないが、子どもが小学校に入ると、「親が世話してあげないと学校の成績に悪影響が出る」というもの。したがって女性が離職するタイミングが、出産後ではなく子どもの学齢期になることが多い。(結果として女性就業が台形になる。)

第5章 中国の高齢者

  • 中国は現在、2000年時点で65歳以上人口が7.1%の「高齢化社会」に突入した。(14%を超える「高齢社会」になるのは2030年くらい。)日本と比べて、高齢化社会突入時の国民所得はあまり高くない(ひとりあたりで日本の10分の1以下)。
  • 一般に高齢者を支えるのは家族・親族であり、社会保障はいまだに充実していない。(特に農村部は極端に家族依存。)
  • 出生性比(男性に偏る)を反映して、特に農村部では高齢者に占める男性の割合が高い。他方で配偶者との死別の割合が日本に比べて低い。革命以前の教育水準の低さを反映して、高齢者の半分以上は字が読めない。
  • 要介護時に頼る者については、日本は実子と実子の配偶者(妻)がほぼ同じ割合であるのに対して、中国では基本的に実子である。
  • 農村部だけではなく、都市部でも三世代近居が多く、高齢者が成人子の育児・家事サポートをするのが一般的。(なかには「同居人数」を確定しにくいようなケースも。たとえば成人子と近居で、寝るところは別だが食事は日常的に共にする、など。)
  • 日本ではきょうだい数が多くても親の面倒を見るのはひとりの場合が多いが、中国では親の世話は平等に負担することが多い。
  • (労働供給過剰のため)退職年齢が低く、50歳で退職するのも珍しくない。したがって退職者による活発な交流・社会活動がみられる。
  • 社会保障が充実していなくても親族サポートが可能である現在はまだいいが、一人っ子政策の影響が出るこれからだと高齢者サポートの基盤が欠落するため、対処が必要になるだろう。

第6章 台湾の育児

  • 女性の就業について言えば、台湾は日本と極めて異なったパターンをとる。日本はM字型(育児期有配偶女性が一時退出)だが、台湾ではヘコミがなく、20〜30歳代の労働力率が高く、それ以降減少するという逆V字型である。
  • このことの背景としては、全体的に男女の賃金格差が(日本より)小さいことがある。また、女性の高学歴化がすすみ、かつ高学歴女性の就業継続が一般的であるためである。
  • 他方で育児施設は発達しておらず、その利用も例外的といえるほどである。育児をサポートしているのは、親族、そして(所得の高い層では)ベビーシッターである。(2001年調査では、高学歴女性の場合38%が親・親族を、24%がベビーシッターを利用している。託児所は1%ほど。)
  • 親族と近居でない場合、遠方にいる親族に就学前児童を預けるというケースもある。
  • (中・韓と同じく)きょうだい数が減少するなかで育児サポートを社会化していく必要が見込まれる。

育児と介護におけるミクロな人口学的要因について

以上がサマリであるが、ここで本書が「ケア・ワーク」と名付けている労働サービス(育児と介護)に対して、そうしたサービスが社会化されていない環境において人口学的要因が及ぼしうる影響についてまとめておこう。

これは要するに「育児・介護において親族ネットワークを活用できる可能性」についてである。母親を基準に見た場合、基本的に育児においては父母・義父母、自分のきょうだい、場合によってはおじやおばを活用できる。介護の場合には自分のきょうだいはあてにならないことが多いだろうから、基本的には自分の子ども(かその配偶者)であろう。これらの親族が健在であるとして、実際に活用できるかどうかは居住距離および文化要因によって規定される。

さて、東アジアの国で実際にどれくらいの数の親族が健在なのだろうか?実際のデータを見てみよう。(データはEASS2006*1。面倒なのでウェイト処理はしていない。)

まずは育児について、出生コーホート別のきょうだい数をみてみよう。

たとえば30歳前後が子育て期だと仮定すると、2000年前後で子育てをしているのは1970年代前後生まれである。(同じく2010年前後の子育ては1980年代出生コーホートが担うことになる。)1970年代出生コーホートの平均きょうだい数は、日・韓・台でそれぞれ約2.5、3.3、3.6である。2010年になると韓・台で急速に利用できるきょうだいリソースが減るので、ここで紹介した本で表明されている危惧はすでに現実になっているといえる。

日本ではきょうだい数が2.5ほどになるのが1960年代出生コーホートからで、それ以前の団塊の世代においては3〜4人のきょうだいがいたことになる。同じコーホートでは、韓国と台湾は実に5人以上のきょうだいがいる。こういった豊富なきょうだいリソースを近年になるまで両親とともに利用できたこと、そして急速にその数が減っていることは、育児の社会化を遅らせ、かつその影響が急速に顕在化する可能性がある、ということである。

ただし育児に関してはきょうだいよりも親の存在が大きいだろうし、きょうだい数が少ないということは両親サポートの獲得において競合する相手が少ないということでもあるので、その影響はその分緩和される可能性もある。

次に介護について、年齢別の子ども数をみてみよう。

介護が必要である可能性が出てくる70代の高齢者については、日本で平均子ども数が2.3人であるのに対して、韓国や台湾ではまだ4人以上の子どもをあてにすることができる。ところが現在まだ労働力である50代では、日・韓・台の数字はぐっと収束する。急激な変化に対応できる制度設計が要求される。

また、日本はこれから「ふたりっ子」の時代が当分続く「安定期」だが、現在の30代以降は徐々に子ども数が減っていく。そういう意味では、高齢者介護についてはあと10年〜20年の準備期間があるということもできそうだが、他方で女性の労働力化が進むのでやはり介護サービスの社会化は急務であるとも言える。

*1:East Asian Social Survey (EASS) is based on Chinese General Social Survey (CGSS), Japanese General Social Surveys (JGSS), Korean General Social Survey (KGSS), and Taiwan Social Change Survey (TSCS), and distributed by the EASSDA.