教育社会学論文三点
最近『教育社会学研究』の論文をざーっと読んでいるので、いくつか論文のメモを。
この論文は特集テーマ<「格差」に挑む>の一部。内容をまとめるのが難しいので、少々恣意的に抽出したポイントだけ。
- 教育社会学が格差問題に取り組む際の難点は、格差問題が基本的には教育の外部の問題であることにある。具体的には二つの課題がある。
感想。程度の差はあれ、以上の点は社会学全般にも言えることだろうと感じた。
まず社会学は経済学に比べて研究に意味を持たせる価値関心が多様であるため、ある領域での価値関心(に沿った政策)が他の領域では邪魔になる、といったことが生じやすいと思う。たとえば「地域活性化」に価値を置いた政策は、間接的に貧困問題の解決を阻害しているかもしれない。(経済学での研究では、富の地域への分配が全体の経済成長を低める可能性が指摘されている。)政策に関しても、ナイーブで通りいっぺんの見方しかしていない研究が多い(「新自由主義の流れの中で...」といった枕詞)。どの分野でも、政策と研究の関連性を最低限は整理しておくべきだろう。
耳塚寛明, 2007, 「小学校学力格差に挑む:誰が学力を獲得するのか」『教育社会学研究』80: 23-39.
こちらは調査結果の分析。JELS2003から小学校6年生の算数の成績の規定要因を分析。関東大都市圏と、通える範囲に私立中学がない地方小都市圏からのサンプル。主な結果は以下のとおり。
- 関東大都市圏では効果が顕著だった小学生の家庭的背景や受験塾への通塾経験が、地方小都市では顕著ではない。
- 関東大都市圏では、家庭の経済力と親の学歴期待が成績に強く影響する。
- 結論として、日本においても「メリトクラシーからペアレントクラシー(親の富と期待が子供の学力を規定する)へ」の流れが見られること、したがって「学力格差はもはや教育問題ではない。格差が家族や地域を通じて社会構造自体に由来するからである。学力格差を緩和するためには、その基盤として所得格差の緩和や雇用を促進する政策を必要とする」とされている。そのことを確認した上で、教育界にできる課題が説明されている。
感想:「親の経済資本→子どもの人的資本」という社会学のモデルに整合的な実証結果だったが、こうして日本でもデータで立証されているということは見過ごせない点だと思う。
テクニカルなコメントだが、重回帰分析のステップワイズ法ってこの業界ではよくなされるのだろうか。個人的にはなくていい(というかしないほうがいい)と思う。
片山悠樹, 2008, 「高校中退と新規高卒労働市場:高校生のフリーター容認意識との関連から」『教育社会学研究』83: 23-43.
メッセージがはっきりしていて読みやすい論文だった。
- 問題設定:アメリカでは高校中退率は失業率とマイナスの関係にある。失業率が上がれば生徒は高校に留まるが、労働市場が好転すれば中退して市場に出ていくから。しかし日本は時系列データを見る限り逆の関係になっている。90年代後半から高卒求人倍率が下がっているのに、中退率が上がっている。これはどのように説明できるか。
- 仮説:90年代後半以降、「学校経由で新卒身分で正規雇用に就職」という(以前は磐石だった)移行形態にほころびが生じた。このことで高卒資格が価値を失い、高校生の中でもフリーター許容度が高い生徒の中退率が高くなっているのではないか。
- 分析:論文では、2005年からの高校生対象のパネル調査のデータ(高校入学時調査と高校二年生調査)を分析している。パネルデータを使っているとはいっても、分析は中退有無を被説明変数とした通常のロジット回帰分析(一ケース=一個人)を各年次の調査結果に適用。
- 結論:高一中退に関しては「(進路選択での)フリーター希望」は効果がなかったが、高二中退では「フリーター希望」と「フリーター容認」の両変数の効果がロバストに効果あり。したがって仮説は支持された。
感想。
要するにアメリカの高校生は労働市場の需要と供給原理に忠実に動いている(需要がなければ労働市場に参入せず学校に留まる)のに対して、日本の(一部)高校生にとってはそもそも正規就業があてにならなくなっており、比較的需要供給にかかわりなく働けるアルバイトを志向するようになっている、という背景があるのだ、と読んだ。(アルバイト雇用に需給調整があるのなら、アメリカと同じ動きになるはず。)
テクニカルなコメント。もし「フリーター容認」のほぼ純粋な効果を抽出したい場合、両時点でデータを取った上でパネル分析(パネルロジットorパネルプロビット)をする、といった方法が考えられる。通常のロジット回帰分析だと、「フリーター容認」の効果にその他の観測されない個人属性・家族背景の効果が混じっている可能性があるが、パネル分析だとそれらを排除できるので。