社会学者の研究メモ

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中国の「市民社会」

大学の研究プロジェクトの一環として、香港の香港中文大学、広州のJinan大学と中山大学の研究者とのミーティングを行ってきました。香港は(記憶が正しければ)4回目の訪問、中国本土は昨年の北京に続いて二回目。備忘録を書きとどめておきます。

香港中文大学では、社会学部のKin-man Chang先生とLin Tao先生にお会いしてきました。どちらも現在Centre for Civil Society Studies(公民社会研究中心)のコアメンバーです。香港のトップ研究大学の一つだけあって、教員スタッフの経歴が立派。Chang先生はイェール大学、Tao先生はハーバード大学の博士号。

Chang先生が最初に研究所の丁寧な紹介をしてくれました。研究所では中国の市民(公民)社会についてのデータベースを現在構築中で、2012年の一般公開を目指しているそうです。データベースには四つの情報が含まれる予定。

  1. 公式記録:チャリティ・インデックス(慈善活動への登録記録、社会組織、NPOや基金などの記録から、都市ごとにインデックスを作成)。
  2. NGOアーカイブ:活動しているNGOのケースレコード。
  3. 集団行動(collective action)データベース:抗議運動や暴動の記録。
  4. 世論調査:市民意識や市民社会の認知に関する社会調査データ。

写真は、研究所の説明をされるChang先生。

その他、中国本土で市民社会に関する研究や調査をやる上での困難などについていろいろお話を伺ってきました。データ収集については、公式記録にバイアスがかかっていることが多いこと、当の「市民社会活動」については"GONGO"(Government-organized NGO)という言葉にあるように政府が主導した活動が主であること、などなど。

そういう環境でも、研究所として中国の地域レベルの政府とも一部連携をすることがあるそうです。そこで疑問に思ったので、「中国の地方自治体の側で、市民社会の研究者と連携する動機にはどういうものがあるのか?」と質問したところ、なかなか興味深い答えが得られました。一方で、「市民活動」による政府予算の削減の可能性に興味を示す首長がいる。他方で、市民活動を巻き込むことで政治に新しいアイディアを吹き込む可能性に魅力を感じている首長もいる。両方の背後にあるのは、競争的な環境において、自分の治める都市が存在感を示すことで出世をもくろむ首長たちの存在である、と。

もうひとつ、NGOがより「社会的企業」的な組織へとシフトする動きがあるそうです。地元民からの寄付金に頼る限りは、中国本土の"NGO"は地方政府から自由になることができません。採算を独立にすることで、より自由な活動の余地を増やしたい、という目論見があるそうです。そういった組織が頼りにするのが、Narada FoudationOne Foundation(Jet Li創設)などの基金です。

もう一つ質問させてもらったのが、そういった活動団体を結ぶインフォーマルなネットワークについてです。パットナムの言う「ブリッジングする社会関係資本」ですね。そういったネットワークについては、構築することが難しいが、インターネットなどを通じてそういう動きはある、ということでした。AIDSの救済ネットワークなど、実際に活動しているネットワークもあるようです。

ところで、香港中文大学のゲート付近には自由の女神を模したらしい銅像があり、私たちが訪れたときには、ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏を祝う装飾が施されていました。

三日目、香港をあとにして飛行機で広州市に向かいました。まずはJinan(暨南)大学東南アジア研究所の先生方とお会いしました。お昼をごちそうになったあと、ゲートまでの道で政治・国際関係を研究されているZhenjiang Zhang先生(南京大学博士)とお話ししていたのですが、Jinan大学というのは中国でもユニークな方針をとっているらしく、本土以外の中国語圏の社会(主に台湾、香港)から積極的に学生を受け入れています。香港など英語しか話せない中国系学生がいるので、こういった学生向けに中国語学習の特別プログラムがあるそうです。

私たちが訪れたとき、広州市アジア大会を終えたばかりで、ちょうどパラリンピックの最中でした。会場周辺は絶賛再開発中で、ゴミひとつ落ちていない広大な公園に、中国の他の土地からの観光客が集まっていました。

写真は、上が公園からテレビ塔を眺めたところ、下は高層ビル街です。


近くの高級(と思われる)デパートに立ち寄り、スーツの値札などを観察してきましたが、実感としてはそれほど日本と違わない価格でした。なにしろインフレが急速に進んでいます。GDP成長率も高い数値を維持しています。特に広州や、その近郊にあるDongguan(東莞)市は地理的に香港にも近く、また大量の外国資本が投資されている地域です。富裕層向けの需要を満たす店も増えているようです。

外国資本による工場は、農村部からの移住労働者に支えられています。移住労働者には若い女性が多く、それほど高くない賃金できつい生産作業に従事しています。帰りにトランジットで立ち寄った香港空港の本屋さんで見つけた次の本には、ちょうどDongguan市に移住した労働者の生活の様子が詳しく描かれていました。工業地域での生活はただ過酷であるだけでなく、わずかながらも一定の階層上昇のチャンスが存在しています。低賃金の肉体労働から、相対的に高賃金のオフィスワークにステップアップするのが、したたかな彼女たちの目的なのです。

Factory Girls: From Village to City in a Changing China

Factory Girls: From Village to City in a Changing China

著者のLeslie Changはウォール・ストリート・ジャーナルの記者ですが、英語圏のジャーナリストにありがちなもってまわった言い回しもなく、読みやすい本でした。急速に発展する中国の別の側面を垣間見たいならば、ぜひ手にとってみてください。