社会学者の研究メモ

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ファーストフード

マクドナルドなんか「静かなる殺し屋」なんていわれて、ここんところバッシングが激しいけど(マレーシアの保健省とかイギリスの王子様とか)、でてくる記事を読む限りでは典型的なフードファディズムにしか聞こえない。信頼できるデータとその分析がないからだ。「Bowling for Columbine」の主テーマであった「メディアによる恐怖と消費の喚起(脅して売りつける)」の図式にぴったりくる。環境保護運動もそうだけど、儲かるネタにはことかかないものだ。

少なくとも日本について言えば、街に出ればマクドナルド以外にもたくさん選択肢がある。近所の円町駅には「なか卯」もある。都会に行けばカロリーを抑えた総菜屋さんも増えている。だからあとは自己責任。あえていえばこういう選択肢を増やすための政策、自炊できるように5時で帰宅できるための政策を考えるべきであって、マクドナルドを規制するって方向に行くのならそれは間違っている。*1

ついでに、「マクドナルド化」がなぜいけないのかも私にはいまだにちっとも分からない。(誰かわかりやすく教えてほしいものだ。)他方、「マクドナルド化」本がなぜ売れたのかはなんとなく分かる。システム合理性とか道具的合理性とかに対して社会学者その他の一部の人々がなぜかネガティブな値をつけているから。なぜシステム合理性が否定的に考えられているのかは、これまたよく分からない。

*1:他方自動車やWindowsは同じ理屈では擁護できない。田舎では自動車がないとほんとに生活が無理だし、たいていの職場ではいやでもWindowsを使わないと多くの仕事からはじきだされてしまう。だから政府による介入を正当化しやすい。もっともこの2つは方向が違う理屈だけど。