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社会学者の研究メモ

はてなダイアリーから移転しました。

反事実的状況のマクロシミュレーション

(授業やら会議やらでバタバタ気味で、誤字などある可能性もありますが、とりあえずあげておきます。)

性別賃金格差の研究では、しばしば「男女の◯◯構成が同じだと仮定すれば賃金格差は△△だけ縮小する」といった、マクロレベルでの反事実的状況の想定が行われている。マイクロデータを使った研究では因果志向の推定モデル(回帰分析は一般にそうだが、ヘックマンのセレクションモデルや各種パネルモデルが典型だろう)が試みられるが、データの蓄積の面からも、マクロデータの活用方法が工夫されることへの要請は小さくないといえる。

利用の蓄積が多いのはブラインダー・ワハカ分解だろう*1。様々なところで解説がされているので詳しくは説明しないが、男女それぞれの賃金関数を

  • 男性賃金=ΣβmXm+ε
  • 女性賃金=ΣβfXf+ε

とする。βmは個々の要因の男性における係数、Xmは要因の観察値である(女性についても同様)。この式を、差をとって変形すると、

  • 男性賃金−女性賃金=Σβm(Xm-Xf)+Σ(βm-βf)Xf

となる。Σβm(Xm-Xf)の部分は、(職階その他の)観察された要因の男女構成の違いによって説明できる部分であり、それに対してΣ(βm-βf)Xfの部分はそういった構成の違いによっては説明できない男女の賃金格差である。ブラインダー・ワハカ分解を使った多くの研究では、後者をさしあたり「差別による可能性が高い部分」として解釈している。

小川は、ブラインダー・ワハカ分解が、理論的にはベッカーの差別論と整合的であることを指摘している。ベッカーの立場からすれば、男女賃金価格差のうち差別に起因すると解釈される先のΣ(βm-βf)Xfは、同時に限界生産性が賃金に一致する点からの乖離の指標ともみなせる(もちろんそのためには観察された要因には人的資本要因を投入すべきである)。(いわゆるインデックス問題やその解決法についても同論文を参照。)

こういった要因分解的手法自体に留保をつける立場も少なくないが、それは「考慮されている要因を仮に男女同じものとして計算しても、女性の賃金は男性に比べて最大で8割程度になる(つまり残り2割のうち一部は差別の結果である可能性がある)」といった方向性での差別論アプローチが、そろえられた要因の性別構成の違い自体に注目しない(むしろそこにこそ性別格差の核心がある)という意味だろう。逆に言えば、賃金格差へのマクロアプローチは、職階や勤続年数といった規定要因の構成の男女差がどういうメカニズム(少々単純に言えば選好なのか差別なのか)で生じたものものか、という問いと独立に生じている格差を問題にしている、といえる。

(↓参照。)

日本の性差別賃金―同一価値労働同一賃金原則の可能性

日本の性差別賃金―同一価値労働同一賃金原則の可能性

山口は、これらに対して独自の分解=推定手法を提案している。心理学や社会学の分野で発達してきたパス解析的手法に見られる要因分解的アプローチが(要するに男女と賃金とのあいだの変数がこれらの間の関係を「説明/媒介」するわけなので)性別賃金格差の分析には適切であると述べる。一方で、介入(媒介)要因の除去が他の要因や要因間関係に影響しないという強い仮定が要請されることも指摘されている。

山口の手法は、まず賃金格差を分解する際に、従来の分解手法では標準化(たとえば「女性の職業構成が男性と同じであれば...」)されるのみであった要因を、(性別と賃金との関係のあいだにあってそれを説明する)媒介要因としてモデルの中に位置づけている。その上で、現実的には特定の因果(たとえば性別→職業)を除去することが、その他の間接的パス(たとえば性別→学歴→職業)自体に影響する可能性(それによって、特定パスの除去による性別→職業の総合効果の減衰効果が相殺される可能性)を考慮する必要性を確認する*2

(↓手法の簡単な解説はこの本にも。)

ワークライフバランス 実証と政策提言

ワークライフバランス 実証と政策提言

既存のデータ制約の中で要因間の関係および交互作用的関係をモデリングする際に、計量社会学ではしばしばログリニア分析が使用されるが、これは要因間関係について様々な制約を加えたモデルのあいだでの尤度を比べるという分析である。同じように、要因間の(複雑になりがちな)関係の制約をログリニア的にモデリングして賃金格差を分解するというアプローチがとられている(賃金格差の分析では、要因は典型的にはカテゴリーになるので、確かにこのアプローチ法と親和的だろう)。

この分解方法にはメリットが大きい。山口自身は「どちらかの性別、たとえば男性の(多変量)分布を標準化の基準にする、といった作業が必要ない」といったメリットを上げているが、ポイントはやはり「ログリニア的アプローチを採用することで、従来は反事実的推定において単純に除去されていた要因を媒介要因としてモデリングした」ということにあるのではないだろうか。それを前提として、様々な制約条件下での最尤法分解が可能になる。

因果志向の強いタイプの回帰分析、それがモデルとする実験的アプローチでは、そこから導かれる知見の外的妥当性の確保が課題となる。

(↓実験/観察に関しては、その対立の問題に直面しやすい疫学が参考になる。中でも以下の本は多く参照されているし、実際かなり勉強になる。)

Modern Epidemiology

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  • 作者: Kenneth J. Rothman,Sander Greenland,Timothy L. Lash Associate Professor
  • 出版社/メーカー: Lippincott Williams & Wilkins
  • 発売日: 2007/10
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(↓最近の因果推論の動向については、下記参考。)

統計的因果推論―回帰分析の新しい枠組み (シリーズ・予測と発見の科学)

統計的因果推論―回帰分析の新しい枠組み (シリーズ・予測と発見の科学)

統計的因果推論 -モデル・推論・推測-

統計的因果推論 -モデル・推論・推測-

ある手法から提示された因果推論の外的妥当性を追求する手段には様々なものがあるが、以上のような考え方もあるのだ、という意味でも紹介できるかもしれない。余裕ができたら山口の提起した最尤法分解の詳しい解説とその適用例も書くことにする。(いまはちょっと時間が無いので。)

*1:追記:多くの場合、ブラインダー・ワハカ分解をする際には個票が使われているが、使用される諸要素で構成されるセル度数(集計表)が分かることが条件である。

*2:わかりにくければ、ある平等政策を実施する際に考えうるその「しわ寄せ」の効果について考慮する、のように考えればよい。