社会学者の研究メモ

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雇用におけるジェンダー格差をどう測るか?

2008年のOECD Employment Outlookの第3章では、ジェンダーエスニシティによる雇用・賃金格差が特集されています。目についたところを抜粋すると...

  1. OECD参加国では、女性の雇用率は男性より20%小さく、賃金は17%低い。
  2. 賃金格差が最も大きいのはトルコ、メキシコ(この2国はこういった統計の常連ですが)に加え、ギリシャ、韓国、そしてイタリアである。
  3. 1982年から2003年までの女性雇用率の増加のうち50%は、女性の高学歴化によって説明できる。
  4. とはいえ高学歴化の効果は限界に達しつつあり、特に雇用率格差が小さい国にとっては、女性の学歴向上によるこれ以上の雇用率の格差は望めない。
  5. 逆に雇用率の格差が大きな国は女性の高学歴化による格差縮小の余地は大きいが、(なぜか)日本と韓国ではこの効果はゼロに等しい。
  6. 賃金格差についてみると、学歴はほとんど説明力がない。性別職業(産業)分離や雇用形態の差によって説明される部分が大きい。
  7. 以上を勘案しても男女の賃金格差の50%ほどしか説明しておらず、残りは現場の差別などの見えにくい要因の効果であると考えられる。

1番目の数値は、日本人からすれば「意外に小さいな」と思えるレベルですが、たぶんですが国ごとの非加重平均なんじゃないでしょうか。北欧などの人口の小さい国の数値が効いているのかもしれない。

5番目はちょっとしたパズルです。グラフを引用しておきます。

バーの長さが雇用率格差、太くて黒い線が、「各国で、男女学歴差が、OECDで最も小さいフィンランドの水準になったと想定したときの雇用率の格差」です。日韓両国で、学歴差を縮めることの効果がほぼゼロであることがわかります。日本でも韓国でも近年急速に男女の学歴差が小さくなっているので、そんなものかもしれません。男性稼ぎ手世帯が支配的な日本や韓国では、その他の要因(おそらく雇用形態)による格差が大きいということでしょう。

さて、雇用における男女格差の問題は社会学者にとっての主要な研究トピックの一つですが、この格差をどのように測るのかについては様々な見方があります。そして、尺度をどのようにとるのかに応じて男女格差の様子が変わってくるのです。

主な尺度には以下のようなものがあります。

  • 労働力率あるいは雇用率:ただし雇用形態(パートタイムかどうか、有期雇用かどうかなど)をみないと、男女機会均等の観点からはミスリーディングになります。日本や韓国でいまだに見られる女性の「M字型雇用」についても、子育て後に復帰する仕事の多くは非正規労働です。
  • 賃金格差:これも、時給で見るのか年収でみるのか、などで見方が変わってきます。通常は時給換算で見るでしょうが、その場合雇用形態による格差が見えにくくなります。
  • 職業分離:水平的職業分離(単に職種が異なる)と垂直的職業分離(管理職に占める割合の格差)で話が異なってきます。

少子化研究の文脈では労働力率に注目する流れが大勢だったのですが、最近の社会学では、男女の職業分離の国際比較を行った研究が増えてきたような気がします。新しい知見は、労働力率と性別職域分離がトレードオフになっている可能性がある、という示唆です。女性労働力率が他のどの社会よりも高い北欧諸国では、その代わりに類を見ない性別職域分離があります。特に民間企業におけるトップの管理層の女性比率は、北欧諸国よりもアメリカやカナダでずっと高い値になっています。

とはいえ、このトレードオフさえも実現していないのが日本やイタリアです。上で列挙したどの指標でみても、たいてい低いスコアしか出てきません。少なくとも日本においては、雇用形態、特にフルタイムかパートタイムで性別分離が極端に現れることが、その他の指標での男女均等のパフォーマンスを引き下げているといえるでしょう。

しかし「パートタイムの正規雇用化」が解であると考えることは短絡的です。OECDのレポートによれば、総じてパートタイム労働者の仕事満足度は大きく(ワーク・ライフ・バランスを実現しやすいので)、「正規雇用化」にあるというよりも、課題はフルタイムとパートタイムの障壁の引き下げ(規制と税制改革)、均等待遇等にあることが示唆されます。

近年の日本のパートタイムではいわゆる「パートタイム労働の基幹化」(パートタイムの待遇のまま、仕事内容を正規社員なみにしてしうまうこと)によって、メリットであったはずのワーク・ライフ・バランスが損なわれているのではないかという指摘もあります。

主婦パート 最大の非正規雇用 (集英社新書 528B)

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「日本的働き方」からすれば均等待遇の早急な実現は困難でしょうが、様々な企業の成功事例の紹介を積み重ねるなどすれば、漸次的には実現可能な余地もあるのではないでしょうか。特に大学の教育です。大学教育はいわゆる「ジョブ型」に近い働き方であるのにも関わらず、非常勤とパーマネントの教員の報酬には(後者のその他の負担を差し引いても)大きな開きがあるように見えます。総じて、前者は時間よりも報酬を、後者は報酬よりも時間を必要としていることが多いです。もしこういうミスマッチがあるのなら、両者が得する改善の余地もありそうな気もします。

あ、最後の話はあまり「男女均等」の話ではないですね。でも同じ根っこを持つ問題だと認識することが重要であると思います。実際に、あるランダムサンプリングのデータで(対数)出生数を性別・研究職・年齢・婚姻状態でざっと回帰させたところ、女性が研究職であると有意に子ども数が減りますが、同じ研究職でも男性であると、このマイナス効果は打ち消されます。(選択バイアスもあり、吟味したモデルじゃないので参考程度、ですが。)研究職として自立するために非正規雇用として活動する年齢はたいてい20代後半から30代前半で、男性は職についてからでも間に合うかもしれませんが、女性だとそう考えられないことが多いでしょう。そのために子ども数に男女差が出てきてしまうのかもしれません。