社会学者の研究メモ

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「排外主義」についての文献とデータ

日本に帰国して約3週間、遅ればせながらシノドス・ジャーナル(および朝日web ronza)に掲載していただいた記事の文献情報を掲載する。

排外主義の規定要因についての研究にはそこそこの蓄積があるが、国際比較可能なデータを使用した経験的分析の論文のみごく一部紹介する。

Quillian (1995)はEurobarometerからヨーロッパ12ヶ国データを使って、移民は雇用に対する脅威だという考えが反移民的態度に結びつく傾向を指摘した。

Scheepers, Gijsberts, and Coenders (2002)は合法移民に市民権を与えることに対して、社会経済的に不利な立場にある人々が否定的である傾向を見いだした。

おそらく最も包括的な研究はSemyonov, Raijman, and Gorodzeisky (2006)によるもので、国別クロスセクションではなく国別パネルデータを利用した分析。主な知見は、1988年から1994年にかけて排外主義的態度が急激に強まったものの、それ以降は安定化していること、極右政党の存在が排外主義的態度の強化に貢献している可能性があること、など。

ヨーロッパではいくつかの国で極右政党の議席獲得が目立っており、つい最近行われたスウェーデンの総選挙でも排外主義を標榜するスウェーデン民主党議席を獲得したことが話題になった。Semyonovらは極右政党の存在が国民の間での排外主義的態度を強化する側面を強調するが、他方で国民の間での排外主義的態度の強まりが極右政党の躍進の下地であるという見方もまた可能だ。どちらの向きの影響が強いのかは経験的な問いだが、管見の限り内生性を考慮した計量分析はまだされてないと思う。

最後に、排外主義とナショナリズム(ナショナル・アイデンティティ)といった社会意識(態度)についての経験的研究については以下の文献参照。

ナショナル・アイデンティティの国際比較

ナショナル・アイデンティティの国際比較

参考までに、以前韓国Chung-Ang大学のシンポジウムで筒井が排外主義的態度について報告したときのペーパー。(proofreadもなにもしていないので、近いうちに削除するが、少なくとも文献情報などは活用できるかと。)

蛇足

少し話はずれるが、私は知識人が「右翼・左翼」という言葉を使うたびに頭が混乱してしまい、それは私だけなのかと少々悩んでいたのだが、松尾匡先生の「用語解説」をみてようやく理解のきっかけがつかめたような気がする。こういう図式化は以前からあったのかもしれないが、不幸にも私は目にしなかった。松尾先生の図式にしたがえば、ヨーロッパの極右政党が失業などを問題にしつつ排外主義を掲げるのは、その定義に叶う。

失業や貧困が問題化すると、労働者の利害を代表する左翼的立場と「自国民の利益」を優先する排外主義的(右翼的)立場の両者が支持を拡大する可能性があるが、シノドスの本記事に掲載した図2をみるかぎり、ある国での社会民主主義政党の強さと排外主義的態度の強さは独立であるようにみえる。ノルウェイ社会民主主義)、オランダ(大陸系コーポラティズム)、イギリス(自由主義)の三つの国は比較的排外主義が強い。が、対応するスウェーデン、スペイン、カナダでは排外主義は決して高い支持を得ていない。このことは、松尾先生のように左翼と右翼を「対立軸としてみない」見方を傍証しているといえそうである。

ただ、個人的には、松尾先生の整理は政治的態度についての「四つの象限」を構成するような「独立軸」ではないと判断している(松尾先生自身も四象限の図は書いていない)。それぞれの立場は、共同体内で格差が存在する現状では、一つを一貫すれば他を排するので。(たとえば経済的弱者を味方にしつつ排外主義を唱えるのは、「右翼的左翼」あるいは「左翼的右翼」ではなく、単なる右翼、となる。もちろん個人的態度において排他的であることと、一国内に複数の態度グループが存在することは別のことである。)

文献

Quillian, Lincoln. 1995. “Prejudice as a Response to Perceived Group Threat: Population Composition and Anti-Immigrant and Racial Prejudice in Europe.” American Sociological Review 60:586–611.

Scheepers, Peer, Merove Gijsberts, and Marcel Coenders. 2002. “Ethnic Exclusionism in European Countries: Public Oppositions to Civil Rights for Legal Migrants as a Response to Perceived Threat.” European Sociological Review 18:17–34.

Semyonov, Moshe, Rebeca Raijman, and Anastasia Gorodzeisky. 2006. “The Rise of Anti- foreigner Sentiment in European Societies, 1988-2000.” American Sociological Review 71:426–449.