社会学者の研究メモ

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福祉レジームと剥奪

Rudd Muffels and Didier Fouarge, 2004, "The Role of European Welfare States in Explaining Resources Deprivation". Social Indicators Research 68: 299-330.

ちょっと一言ではまとめにく内容でしたが、簡単に言えば個人の(相対的)剥奪を個々の属性と、その個人がいる国およびレジームタイプによって説明してみた、という内容。メインの結論としては、剥奪指数は「北欧型社会民主義≒大陸型コーポラティズム<リベラル<南欧型」の順に高いものでした。また、日常的ニーズが満たされていないという意味での剥奪は、所得とはかなり違った分布と規定要因を持っている、ということでした。

細かい内容。

  • データ:ECHP(European Community Household Panel), 1994-1996
  • 対象国とレジームの分類*1
  • 被説明変数:個々人の剥奪指数
  • 説明変数
    • 個人的特徴:年齢など
    • ニーズ:世帯人数、子ども数など
    • 社会経済地位:メインの稼ぎ手の従業地位、学歴など
    • 長期雇用状況:メインの稼ぎ手の過去の失業経験
    • 過去の所得と貧困地位:過去三年間の対数所得
  • モデル:トービット

被説明変数の剥奪指数について。まず基礎的サービス・生活必需品として21アイテムを設定し、それらについて得られているかどうかを選択させます。アイテムのなかには、例えば「家の中を暖かく保てていますか?」「食洗機を持っていますか?」などがあります。それらをそのまま個人ごとに合計するのではなく、個々のアイテムごとに重み付けをしています。ウェイトはそのアイテムの国別平均所持率です。たとえばイギリスの「暖房」選択率が仮に0.6だとすれば、個人が「暖房」を選択しても0.6のスコアにしかならない、という計算です。計算式は以下の通り(引用)。

wはウェイト、dは説明によればアイテム選択時に1です。(上の式、なんだか間違っているような気もしますが...。)記述的な統計部分については以下の通り。

  • レジームタイプ別の加重平均剥奪指数はすでに書いた通り。ギリシャ、スペイン、ポルトガルらの「南欧型」は特に高い剥奪指数を持つ。
  • 剥奪指数の分散は所得の分散よりもかなり大きく、また剥奪指数と所得の相関もそれほど高いわけではないので、貧困には所得格差だけでは説明できない面がある、ということになる。たとえばデンマークとオランダでは、所得格差は小さいものの、剥奪指数の国内格差が非常に大きい。また、これらの国では所得と剥奪指数の相関が他のレジームよりも小さい。所得の平等化が剥奪指数の平等化につながりにくいということが分かる。

トービットモデルの推定結果(抜粋)は以下の通り*2


  • (引用した表には出てませんが)国や福祉レジームダミーを入れないモデル(個人の属性のみのもの)の擬似決定係数は0.37。国別ダミーだと0.497、レジームダミーだと0.435にそれぞれ上昇する。したがって国間分散のうちのかなりの部分はレジームタイプによっても説明可能。
  • 交互作用(正確には過去三年間の所得との交互作用)を投入すると、コーポラティストと社会民主主義の主効果は有意ではなくなる。
  • 交互作用を見ると...
    • 社会民主主義だと世帯サイズの剥奪増進効果が(コーポラティストに比べて)緩和される。他方で失業が剥奪を増進する効果はコーポラティストよりも大きい。
      • 世帯サイズによる剥奪効果は南欧型でも緩和されている(主効果が大きいのでちょっとだけですが)。著者によれば、社民主義だと再分配によって、南欧型だと家族・親族サポートによって緩和されるのだろう、ということ。
    • 長期の失業は、社会民主主義においては(コーポラティストよりも)剥奪を促進させる。
    • 長期所得(permanent income=過去三年間の所得)は、リベラルと南欧型で(コーポラティストよりも)剥奪緩和効果が大きい。
感想

推定モデルはこれでいいんだろうかという疑問はさておき*3、「日常的ニーズからの剥奪の格差と所得格差は違うのだなあ」ということは分かったのですが、福祉レジームごとに分布と規定要因が違うという推定結果を解釈するフレームはちょっと曖昧な気もします。いろいろ考えて、「剥奪と所得格差は違うのだなあ」ということ以上のメッセージを読み込むときはちょっと注意が必要かも。

しかしまあ、家族依存型福祉のパフォーマンスの悪さにしろ、最近のEsping-Andersenが注目している「脱家族指標」にしろ、一見すると家族機能をどんどん外部化した方が社会が機能する、という流れに見えなくもないですが、その実は家族負担を減らすことで家族「本来」の機能を促進する、といったほうがいいのかもしれません。私自身は家族は親密財の効率配分のひとつのかたちだと思いますので、家族がなくなるだろうとは思いません。

*1:イタリアとアイルランドははっきり分類できないがとりあえず、というかんじでした。

*2:誤差がクラスター相関していると思うのですが、誤差補正をしているのかどうかは不明。

*3:誤差相関の問題の他、付表の国別交互作用モデルをみるとルクセンブルクがかなり極端な効果を持っていて、コーポラティスト・レジームの全体的位置を歪ませているような気もする。