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社会学者の研究メモ

はてなダイアリーから移転しました。

構造と制度

教科書 社会学

教科書ネタです。

研究指導していると、たまに基本用語を再確認する必要が出てくるときがあります。制度と(社会)構造という言葉は研究者によって微妙に使い方が異なるにも関わらず、社会科学系の研究ではしばしばクリティカルな位置を占めていることもあり、こういった用語を使用するときはそれなりに予め整理をしておくとその後の考察が進みやすくなると思います。

整理

社会科学の用語については厳密な定義をしようとしてもあまりいい方向には行かないので、抽象的概念については、一般向けの書籍や新聞などでの使われ方(できれば非専門家の人にもあまり違和感がないもの)を意識して整理をすればいいかと思います。

たとえば私たちは一国の第三次産業比率などをさして「産業構造」という言い方をよくしますが、対して「産業制度」という言い方は単独ではほとんどしません。後者は、例えば「水産業制度」というように、特定の産業界の中で通用している制度のことを指すことが多いです。

同じように「人口構造」(高齢化率などですね)という言葉はしばしば耳にしますが、「人口制度」という言葉はほとんど聞きません。

反対に、「雇用構造」という言葉は何かしら想像し難く、使うことがあればたいてい「雇用構造の変化」という言い方をするのに対して、「雇用制度」というのは実に想像しやすいです(新卒一括採用制度など)。

一般的に「構造変化」とは自然によく言いますが(「産業構造の変化」)、「構造改革」というと特定のイロがつきます。「制度」についていえば、どちらかといえば「改革」するものであって、自然に変化する制度を考えるのはちょっとした想像力が必要になるといえるでしょう。「構造改革」という言葉は典型的には民営化と規制緩和を指すのだと思いますが、これは一連の制度改革を通じて社会構造を大きく変えていこう(公的部門の縮小と市場の活性化)という意味であって、制度を変えることなく直接に社会構造を改革しようという意味ではないでしょう。(制度を変えることなく社会構造を変えるというのは、ちょっと想像がつきません。)

このように考えると、用語の使用例としては次のようになるかと思います。

  • 「日本的雇用慣行が女性の低いフルタイム就労率を生む」。一連の制度が社会構造を形成するケース。
  • 「女性の低いフルタイム就労率に対処するために雇用機会均等法を制定する」。社会構造の問題に対して、制度導入によって対処するケース。
  • 「コース別採用制度によって実質的な男女格差が継続した」。ある社会構造を支えている古い社会制度と、その社会構造を変えようとして導入される新しい制度のあいだの相性が悪いと、新しい方の制度が形骸化して古い構造が存続したりします。
  • 「日本企業が企業特殊的スキル・企業内訓練を重視する組織構造を有している限り、新卒一括採用制度は廃止しにくい」。これが本当かどうかは置いておくとして、ここでは社会構造が一見非合理に見える何らかの非公式的な制度を存続させている。

ここで「フルタイム就業率に男女格差がある」ことは「職業構造」の特徴だ、というととくに違和感なく聞こえますが、「これは格差制度だ」とは言いにくい。「特定の雇用制度の結果格差が存続している」というと理解しやすいと思います。これは階層一般に当てはまることで、身分制度が存在した時代の格差は制度によって直接生み出されるものであったのに対して、公式な身分制度が廃止されたあとで存続する階層格差構造は複数の制度(家族制度、教育制度、政治制度...)の結果として間接的に維持されている。

社会学が階層を研究することの根本には、近代社会には公式の階層制度(強制的な格差割当制度)がそれほどない*1にもかかわらず、(結果として)階層構造が現れているということがあると思います。制度が直接格差を作り出しているのなら、単純にそれを改めるよう提言すればいいので調査研究をする必要性は小さくなりますが、複数の制度の結果として格差が作られている場合、制度と格差の関係について丁寧に分析する必要が出てきます。

問題がひとつの制度のみから発生することは、近代社会では稀でしょう。「複数の制度の帰結として問題のある社会構造が維持される」場合や、「社会構造の帰結として非合理に見える制度が維持される」場合がほとんどなはずです。だから単に制度改正によって対処するだけではなく、専門的考察によって制度と構造の関連性・仕組みを解明する必要性があるのです。制度と社会構造を広く取り扱う社会学者の存在意義は、一部にはそこにあるのだと思います。

その際に意識すべきは、制度と社会構造の関係を単純化しないで考えるために、「合成の誤謬」や「意図せざる結果」の存在に十分に気を使うことです。制度と構造の対応を単純化して考えて制度改革をすると、意図せざる結果を招きやすいと思います。例えば昨今の若年層雇用の問題は、教育制度の改革だけで対処することはむろん不可能でしょう。また、多くの研究者や一般の人も、雇用規制改革はセイフティネット整備がセットになっていないと機能しないということに気づいています。(むろんその他にも整備すべき制度は多いのでしょうが。)

英語では

英語には日本語の「制度」にばっちり対応する言葉はありません。社会科学の文脈ではinstitutionが近いですが、日常語としてのinstitutionは「組織・団体」として使われる方が多いでしょう。日本語での制度に当たる言葉は、system、plan、program、scheme、regimeなど様々ありますが、systemが最も近いと思います。ただ、非公式な要素が含まれる制度についてはinstitutionも使われることがあるかと思います。family institution、market institutionなど。

*1:もちろん民族差別など公式な制度が存続している面もある。