社会学者の研究メモ

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福祉国家のパラドックス

以前書きましたとおり、αシノドスの文章で参照しつつも文献表示をしなかった論文について、この場を借りて文献紹介しようと思います。(全部で5個ほどを予定しています。)

今回とりあげるのは以下の論文です。(あくまで短い紹介なので、正確な理解のためには原著に当たる必要があることを申し添えておきます。)

Mandel, H., & Semyonov, M., 2006, "A Welfare State Paradox: State Interventions and Women's Employment Opportunities in 22 Countries," American Journal of Sociology, 111(6):1910-1949.

この論文については、当ブログでも二回ほど紹介しました(「謎解き型論文の例」および月曜(5.12)の院ゼミ)。また、太郎丸先生も紹介しておられます。

この論文の趣旨の一つは、「(福祉国家における政府の)介入が、女性が男性と同じような有力で高収入の職業地位に就く能力を阻害している」というものです(p.1911)。

このことを示すために、著者たちはジェンダー平等に関する福祉国家の二つの役割に注目します。

  1. 手厚い家族支援政策の実施
  2. 大量の政府関連雇用者の創出

その上で、「(福祉国家の手厚い家族政策と大規模な公的セクター)がジェンダー役割を再生産し、結果的に女性が高い職業的地位に就く機会を制限している」と主張しています。そのメカニズムは、以下のように説明されます。

  1. 手厚い家族支援政策(長い休業制度)のために、私企業が女性の雇用および役職への配置に慎重になる。
  2. 公的セクターにおけるサービス職(ケアサービスなど)およびパートタイム職に女性が大量に雇用され、結果的に、女性の賃金が相対的に抑制されている。

以上が理論パート。以下がデータと方法。

  • データ:Luxemburg Income Survey、22ヶ国、25-60歳、1990年代後半のデータ。
  • 変数:主な被説明変数は「労働力参加」「管理職」「高賃金管理職」、いずれも二値変数。主な説明変数は個人レベルでは性別、国レベルではWSII(Welfare State Intervention Index)。WSIIは構成された変数で、有給出産休暇・公的保育施設利用率・公的セクターの割合の三つからの主成分で、この値が高いほど政府の福祉介入が大きいとみなされます。クロスレベル交互作用として、性別とWSIIの交互作用を投入。
  • 推計モデル:ランダム効果ロジットモデルの最尤推計(マルチレベル・ランダム係数モデル)。

モデル推計については少々専門的になるため、記述グラフのみ引用します。まずは女性労働力率と家族支援に関する福祉国家介入度の散布図。

以上のように、いわゆる北欧型福祉国家は高い女性労働力率を実現しています。次に管理職比率。

福祉介入国家において女性の管理職比率が高いことが分かります。(グラフは引用していませんが、高賃金管理職についても同じ傾向になります。)以上のような傾向は、様々な個人レベル変数を統制したモデル推計によっても支持されています。

全体的な傾向として、北欧型福祉国家においては女性の労働力率は高いが地位が低く、逆に自由主義国家(英米圏)では女性の労働力率は北欧ほど高くないが女性の相対的地位高い。保守主義国家では労働力参加の点でも地位の点でも女性の値が低い、という結果になっています。

最後に著者は以下のように述べて論文を締めくくっています。

おのおのの福祉国家の構造はそれぞれのアドバンテージとディスアドバンテージを持っている。この論文の重要な貢献は、これまで適切に評価されてこなかった「女性にやさしい」介入のネガティブな効果を強調したことにある。女性の就労がその経済的自立にとって重要であり、家族支援政策がそれに対して効果を持つことは疑いようがないが、こういった政策の意図せざる結果についても留意する必要があるだろう。(p.1942)

サマリは以上です。日本はというと、このデータには含まれていませんが、女性の労働力率の面でも管理職比率の面でも低い位置にありますので、これからどうするのかという政策判断をする上で参考になる一つのデータだと思います。

■追記
上でも書きました通り、当論文の結論はグラフから導かれたものではもちろんありませんので、誤解のなきようよろしくお願いします。(結論は諸変数を統制したモデル推計の結果導かれたものです。これも繰り返しになりますが、評価されるにあたっては必ず当該論文をご覧になるようにお願いします。)