社会学者の研究メモ

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(学生向け)面白い論文の書き方(その一)

今回も教科書ネタ。

学生の論文には、読んでいて面白いものと、苦痛なもの指導しがいのあるものがあります。後者のような論文を書く学生は、論文についてこう考えていることが多いです。

興味のあることを見つけて、それについて文献を読み、それをまとめて、最後に自分の意見を書く。

こういう指導をされている先生方は意外に多いのではないかと思います(自分も昔はそうでした)。指導がラクだし。しかしこれは論文を書くときの方針にはなりませんし、してはダメです。

論文とは「研究成果」のアウトプットの1つです。少なくとも社会学における研究とは、解かれていない謎や決着のついていない問いを自分で見つけ出し、データ等の証拠を使ってそれに答えることです。(それ以外の論文もありますが、まず基本を抑えないとダメです。)上記のダメ方針は、研究と単なる勉強を取り違えているのです。

研究の手順は標準的に教えられているもので十分です。

  1. リサーチ・クエスチョンをたてる
  2. 関連文献、先行研究を読む
  3. 仮説を立て、データを集めて、検証する
  4. アウトプットとしてまとめる

ただ、これから書くように、必ずしもこの作業が順番に進むわけではないです。文献を読んでリサーチ・クエスチョンを立て直すこともあるでしょう。

リサーチ・クエスチョン

まず出発点として、問いかけがオリジナルで興味深い(そして社会的意義を持つ)ことが必要です。いわゆる「リサーチ・クエスチョン」ですね。これ次第で研究の意義深さが全く違ってきます。

一線級の学者さんたちは、社会的意義が大きな問題に取り組んでいます。「格差は維持されいているのか?」「なぜ日本人は子どもを産まなくなったのか?」など、日本の国の形に直接関わってくる研究テーマを設定しています。

しかし、社会的に意義が大きな問いに真っ正面から答えるためには、たいていの場合大規模な調査が必要になることが多いです。「地球は温暖化しているのか?」という問いなんて、国際協力チームによる調査データを使っています。学生や大学院生(そしてほとんどの大学教員)にとって、これに対抗することは難しいです。この場合、文献を読んでそれを前提として、自分は別のリサーチ・クエスチョンをたてるのがいいでしょう。「地球温暖化に対する大学生の意識は高いのか?低いのか?」といった具合です。これなら偏りのあるデータなら入手できます。

つまり「リサーチ・クエスチョンは興味深いものである必要があるが、それを検証するデータが入手できる範囲で」ということになります。また、学生レベルではランダム・サンプリングデータを入手するのは難しいので、「今回は小規模サーベイやインタビュー・データを使ったが、面白い結果が出たので、今後より偏りのないデータで検証に値する仮説として提示する」と持って行くやり方もあります。

※注意点

ここでよくあるパターンとして、最初にたてたリサーチ・クエスチョンが、関連文献を読むに従って変わっていく、というのがあります。すでに検証されている場合、もちろん問いかけを変える必要があります。実際にデータを集め始めるまで、問いかけの仕方は工夫の余地があります。場合によってはデータを集めた後で問いかけを変えることもできます。(こことか参照。)

他方、よくないパターンもあります。それは、文献に埋もれてサマリを作ったりしているうちに、最初の問いかけ(謎)を忘れてしまうことです。常に、最初にもった疑問を忘れないで、それに沿って文献をまとめていく必要があります。

たいていの研究では、最初にたてた問いは問いの形をとっておらず、漠然とした「テーマ」になっていることでしょう。「晩婚化について」「最近のCMについて」など。こういう場合は文献を読みながら問いを探すことになります。繰り返しポイント:問いを探さないでまとめるだけだとダメです! 問いを探すために、文献を読むのです。研究と勉強は違うということを学生にちゃんと理解させましょう。

仮説構築

必ずしもあらゆる研究が仮説検証型になっている必要はありませんが、私の方針はこうです。「仮説検証型にすることが論文の構成を著しく損ねるのでなければ、仮説検証型にしなさい。」要するに「まずは仮説検証でやってみて、どうしても無理だったらやめなさい」ということです。他にいろんな形があることも分かりますが、仮説検証型は最も指導しやすく、また効率的な方針です。(学生に宮台先生や立岩先生のようなセンスや洞察力があるなら、勝手に書かせた方が面白いかもしれませんが。)

次が肝心。仮説検証型の論文はあまたありますが、ちょっと工夫するだけで格段に論文がスリリングになります。


<謎解き型>

「そういわれてみれば謎だよな〜」ということは世の中にたくさんあります。それを問いかけとして設定し、謎解きを仮説として提示します。(謎解きが結論じゃないですよ!)そしてその謎解きの理屈(推理)が正しいことをデータで検証するのです。こういう論文は、読んでいる方は推理小説のようで楽しいものです。

お手本となる論文は以下です。

小笠原祐子, 2005, "有償労働の意味:共働き夫婦の生計維持分担意識の分析", 『社会学評論』56(1): 165-181.

簡単に言うと、問いかけは「どうして日本の夫婦は、妻が夫と同じだけ働いていてもほとんどの家事を負担するのか」ということです。これは従来の家族社会学では謎でした。たしかに夫婦の収入格差や労働時間格差でもある程度家事負担格差は説明できますが、こういった要素を考慮に入れて補正しても、圧倒的に妻が家事を負担しているのです。なんて非合理的なんでしょう!

これに対して、著者は「市場労働の量が同じでも、意味づけが違うのだ」と主張します。たとえ共働きで同じだけ稼いでいても、夫婦の間で「妻の方はあくまで家計の補助であり、やめても夫の収入で何とか暮らしていける」といった合意があれば、現状で妻が夫と同じだけ働いていても、妻がすすんで家事負担をするわけです(将来の収入貢献の差まで考慮するとそうなる)。合理的。

この論文は少数サンプルへのインタビュー調査なので、学術的には「新たな仮説の提示」になっているといえるでしょう。

他にも優秀な謎解き型論文はたくさんありますが、こちらは来年度末くらいにはでるはずのテキストにて。


<対決・決着型>

「こういう考えもある。反対にこういう考えもある。いったいどっちが正しいのか、自分で調べてみたから、白黒つけようじゃないか」という論文。この場合、仮説を2つ立てるわけです。仮説と対抗仮説。

自分の論文(2008年の日本社会学会報告)で恐縮ですが、例をあげます。結婚するときに、親からあーだこーだと干渉を受けるのは、娘でしょうか息子でしょうか。

  • [仮説]:息子である。なぜなら息子には家の存続というプレッシャーがかかるからで、親も当然息子がどういう女性を「家に入れる」つもりなのか気になるからだ。娘は「他の家にやる」のであまり気にならない。
  • [対抗仮説]:娘である。なぜなら娘の幸せは結婚相手にかかっているから。親は、まだまだ世の中のことを知らない娘がヘンな男に引っかからないように気を遣うはずだ。息子?ヘンな嫁と結婚したら離婚したらいいでしょ。収入あるんだし。

答えは「娘」でした。

ここでワンポイント。仮説には仮説を支持するための「理屈(なぜなら〜)」をつけましょう。単に、「息子である」「いや娘である」だけではダメです。仮説は理論的構築物、それをデータで実際に検証するのです。理論的に意味づけられていない仮説を検証してもしょうがないですからね。

他にもシンプルに「今まで調べられていないから調べてみた」型論文もあってもいいかと思いますが、謎解き型か対決・決着型にできるなら、そちらにした方がいいです。いろいろ理由はありますが、読んでいて面白いから、という理由を挙げておきます。

とりあえず今回はここまで。続きは次回。